ニュースリリース
平成28年5月
インチンコウエキスに基底膜成分切断酵素MMP-9の
発現抑制作用を確認
佐藤製薬株式会社(社長:【佐藤誠一】)ライフスタイル研究課は、皮膚機能と生薬についての研究を進め、表皮と真皮を結ぶ基底膜を損傷させるMMP-9(Matrix MetalloProteinase-9)*1の発現を抑制する生薬エキスとしてインチンコウ*2エキスを見出しました。また、インチンコウエキスは、紫外線に関連する炎症性刺激によるMMP-9の過剰発現を抑えることで基底膜成分の分解を抑制する作用が確認されました。
なお、本研究成果は、3月26〜29日に開催された日本薬学会 第136年会(2016年)にて発表しました。
1.研究の背景及び成果
皮膚の表皮と真皮の間には基底膜と呼ばれる部位があり(図1)、皮膚の機能維持に重要な役割を果たしています。この基底膜の構成成分のうち、Ⅳ型コラーゲンおよびⅦ型コラーゲンは、紫外線などの刺激によって発現が亢進するMMP-9によって分解されることが知られています。Ⅳ型コラーゲンは基底膜の主要成分として網目構造を形成し、Ⅶ型コラーゲンは基底膜と真皮とを繋ぎ止めるアンカリング線維であり、皮膚の構造を維持する上で重要な役割を担っています(図2)。これらの基底膜構成成分がMMP-9によって分解されると基底膜の構造が変化して、しわなどの皮膚の光老化につながると考えられています。
本研究では、皮膚の表皮層を形成する表皮角化細胞のMMP-9遺伝子発現を指標として有用な素材を探索したところ、約300種の植物エキスの中からインチンコウエキスに、MMP-9発現抑制作用があることを見出しました(図3、5)。
また、インチンコウエキスは、紫外線によって誘導される炎症性サイトカインTNF-α*3によるMMP-9の発現亢進を抑え(図4)、さらに、基底膜成分の分解を抑制する作用が確認されました(図6)。以上の結果より、インチンコウエキスはMMP-9の発現を抑制し、皮膚の老化を防止する効果が期待されます。
本研究成果については今後、新たに開発するスキンケア製品に活用していく予定です。
*1MMP-9:タンパク質分解酵素の一種であるマトリックスメタロプロテアーゼ。基底膜のⅣ型コラーゲンやⅦ型コラーゲンを分解することが知られている。皮膚以外の組織では癌細胞の転移を促進する因子としても知られている。
*2インチンコウ:生薬名 茵陳蒿(インチンコウ)として第十六改正日本薬局方に収載されている生薬。キク科植物であるカワラヨモギの成熟した頭花を乾燥させて得られる生薬で、茵蔯蒿湯、茵蔯五苓散などの漢方にも配合されている。
*3TNF-α:腫瘍壊死因子(Tumor Necrosis Factor)の一種。細胞から放出され、種々の細胞間相互作用を介して炎症を惹起させる炎症性サイトカインとしても知られている。
インチンコウエキスによるMMP-9発現抑制作用
方法 | 表皮角化細胞にインチンコウエキスを添加して培養後、mRNA、タンパク質を採取した。mRNAはリアルタイムPCR法で、タンパク質はELISA法で解析した。 |
---|---|
結果 |
図3:インチンコウエキスによる表皮角化細胞のMMP-9発現抑制作用
インチンコウエキスを表皮角化細胞に添加した時、MMP-9 mRNA、タンパク質の発現が添加濃度依存的に有意に抑制された(図3:表皮角化細胞:mRNA、タンパク質 (data not shown))。
|
インチンコウエキスによるMMP-9発現亢進の抑制作用
方法 | 表皮角化細胞にインチンコウエキスおよびTNF-α(10ng/mL)を添加してMMP-9発現亢進の抑制作用を評価した。mRNAはリアルタイムPCR法で、タンパク質はELISA法で解析した。 |
---|---|
結果 |
図4:TNF-αによるMMP-9発現亢進のインチンコウエキスによる抑制作用
文献で報告されているTNF-α刺激によるMMP-9の発現亢進1)を、インチンコウエキスが抑制することが確認された(図4:表皮角化細胞:タンパク質、mRNA (data not shown))。
|
三次元培養表皮モデルにおけるインチンコウエキスのMMP-9発現抑制作用と基底膜成分の分解抑制作用
方法 | 三次元培養表皮モデルにインチンコウエキスを添加して、MMP-9とⅣ型コラーゲン、Ⅶ型コラーゲンの発現を評価した。MMP-9のmRNAはリアルタイムPCR法、タンパク質をELISA法で、Ⅳ型コラーゲンおよびⅦ型コラーゲンのタンパク質をウェスタンブロッティング法で解析した。 |
---|---|
結果 |
図5:インチンコウエキスによる三次元培養表皮モデルのMMP-9発現抑制作用
インチンコウエキスは三次元培養表皮モデルにおいてもmRNA、タンパク質発現を抑制した(図5:三次元培養表皮モデル:タンパク質、mRNA (data not shown))。図6:インチンコウエキスによる三次元培養表皮モデルのⅣ型コラーゲン、Ⅶ型コラーゲン増加作用 図7:インチンコウエキスの皮膚の光老化に対する効果(仮説) さらに、インチンコウエキスは基底膜構成成分であるⅣ型コラーゲンおよびⅦ型コラーゲンのタンパク質量を増加させた(図6:三次元培養表皮モデル:タンパク質)。これは、インチンコウエキスが、Ⅳ型コラーゲン、Ⅶ型コラーゲンの分解酵素であるMMP-9の発現を抑制したことで、基質であるこれらのコラーゲンの分解が抑制されて、結果としてタンパク質量が増加したと考えられる。 既報の文献で、紫外線によって表皮角化細胞のTNF-αの発現が誘導されること2)、TNF-αがMMP-9の発現を亢進させることが報告されており1)、さらにMMP-9が基底膜を破壊することでしわの形成につながると考えられている3)。 今回の結果から、インチンコウエキスはTNF-αによるMMP-9発現亢進を抑制することで、基底膜成分の分解を抑えて、しわ形成などの皮膚の光老化を防ぐ効果が期待される(図7)。 |
参考文献
1)A.Köck et al., J Exp Med., 172(6), 1609-14 (1990).
2)Y.Han et al., J Biol Chem., 277(30), 27319-27 (2002).
3)S. Inomata et al., J Invest Dermatol., 120(1), 128-34 (2003)